てそこから運び出さるゝやうになつたのも、そんなに舊いことではないといふが、これなぞもその一例であらう。破壞にも、建設にも、鐵道がこの山陰の西にもたらしたものは、割合に靜かな地方の革命であつたらう。
 朝飯をすますと間もなく土地の人達が誘ひに來てくれた。私達は連立つて醫光寺の近くまで歩いた。
 商業地らしい益田の通りから寺の方へ折れ曲つて行くと、ある家の垣のところに濃い緑が眼についた。こゝにも夏蜜柑の樹があつた。私と一緒に並んで歩いて行つた大谷君はそれを私に指して見せたが、さういふ同君は日露戰爭當時の話を私に聞かせたばかりでなく、この地方へ逃げ込んで來た露艦の水夫のことを自分でも思ひ出したやうであつた。日本海の海戰はこゝから遠くない沖合で戰はれたのだ。二十人ばかりの露艦の乘組員が一隻のボートで着いた時は、誰も敗殘の兵士が救ひを求めに來たと思ふものはなく、敵が攻めて來たとばかり狼狽したものであつたといふ。この話は眼に見えるやうだ。それらのロシヤ人が上陸を許され、食物をあてがはれた時は、土地の人の與へた夏蜜柑に皮のまゝかじりついたともいふ。夏蜜柑にはこんな話が殘つてゐた。もつとも、その話をす
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