もある。そこから村の惱みも起ると聞く。村の人達の間にはまた土地の強い執着があつて、たとひ他から來て別莊でも建てようとするものが、坪百圓で地所を讓り受けたいといひ出しても、頑としてさういふ相談に應じないといふ話も聞く。三朝は將來どうなつてゆくのか。温泉地としての城崎を熱海あたりに比べていいものなら、こゝは箱根あたりに近いところにでもなつて行きつゝあるのか。いづれにしても、三朝川の溪流の音だけはこのまゝ變らずにあらせたい。三朝を發《た》つ前、倉吉《くらよし》から見えた神田君を案内に頼んで、ちやうど養蠶時にあたる附近の農村をも訪ねて見た。私の長男が耕してゐる郷里の山地に思ひ比べると、いろ/\相違を見つけることが多い。旅の私達はここに働いてゐる人達のことを考へて見るといふだけにも滿足して、あちこちの柿の枝に藁造りの飾りなどの吊るしてある農家の間を歩き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて見た。

    八 松江まで

 大阪を出る時の旅の豫定では、三朝から米子《よなご》に向ひ境の港に出、あれから宍道湖《しんぢこ》を船で渡つて松江に着くつもりであつた。私はこの豫定をいくらか變更して、一
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