來るやうになつた。旅に來た私に取つては、それをつかむことが肝要でもあつたのである。言つて見れば、この海岸に連なり續く岩壁は、大陸に面して立つ一大城廓に似てゐる。五ヶ月もの長さにわたるといふ冬季の日本海の猛烈な活動から、その深い風雪と荒れ狂ふ怒濤とから、われわれの島國をよく守るやうな位置にあるのも、この海岸の岩壁である。腰骨の根強さである。おそらく山陰道は、その地勢からいつても、東海道ほどに惠まれてゐないかも知れない。山陽道にもおよばないかも知れない。そのかはりこゝには他に見られない自然の特色があり、到るところに湧き出づる温泉があり、金、銀、鐵、石炭その他の鑛物を産する無盡藏の寶庫もある。折よく私達は日本海の靜かな時に來た。この自然が休息してゐる間に旅をつゞけなければならない。
 豐岡川に、瀬戸に、大乘寺に、それから岡見公園に、その日は私もかなり疲れた。伴れの鷄二は、と見ると、あまり疲れたらしい樣子も見えなかつたが、城崎で聞いて來た岩井の宿へその日のうちに着いて、河鹿の鳴く聲が聞えるといふやうな山間の温泉宿で互の靴のひもを解きたいと思つた。
 香住の停車場で、私達は岩美《いはみ》行の汽車
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