日は次第に高くなつた。鏡のやうに澄んだ水は私達が踏んでゆく岸の右手に見られても、照りつける烈しい反射にさまたげられて、ゆつくり立ちどまる氣にもなれなかつた。逃れるやうにして、私達は日和山のふもとに着いた。そこから樹かげの多い坂路を登つたが、路傍に息づく草の香も實に暑かつた。日和山はこの附近でももつとも眺望の好い位置にある。かうした漁村によく見つけるやうな古い墓地が山の上にあつて、そこから瀬戸神社への道もつゞいて行つてゐる。墓地から程遠からぬところには、古い言傳への殘つた一株の松の樹もあつた。後醍醐天皇の第二の皇子とやらが遠く隱岐の方を望み見て、激しい運命を悲しんだのも、その松の樹かげからであつたとか。同行の秦君はいろ/\なことを私に話してくれた。毎朝その邊まで潮を見に來てかならず瀬戸神社へも參詣してゆくといふ村の漁師達の話も出た。漁師達の神はまた、「お前達はさうしてわたしを見にくるのか。それとも海を見にくるのか。」と彼等の耳にさゝやくとか。素朴な生活のさまも思ひやられる。私はこの言葉を直接に漁師達の口から聞いて見たらばとも思つた。瀬戸神社の横手は休むにいゝ二階建の茶屋もある。あふひ、紫
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