掩    明月照眉痕

贈君双臂環    宝玉価千金
一鐫不乖約    一題勿変心

訪君過台下    清宵琴響揺
佇門不敢入    恐乱月前調

千里囀金鶯    春風吹緑野
忽発頭屋桃    似君三両朶

嬌影三分月    芳花一朶梅
渾把花月秀    作君玉膚堆
[#ここで字下げ終わり]

かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今はた残る歌反古《うたほご》の
ながき愁《うれ》ひをいかにせむ

かなしいかなやする墨《すみ》の
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり

かなしいかなや前《さき》の世は
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ

かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の契《ちぎ》りも結ばずに
君は早くもゆけるかな

すゞしき眼《まなこ》つゆを帯び
葡萄《ぶどう》のたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに妬《ねた》き姿かな

同じ時世《ときよ》に生れきて
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命あり八重葎《やへむぐら》

かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらんさける間《ま》も

かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いと/\清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く

君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ

かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき才《ざえ》なれば
病《やまひ》に塵《ちり》に悲《かなしみ》に
死にまでそしりねたまるゝ

かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ棹《ざを》
磯にくだくる高潮《たかじほ》の
うれひの花とちりにけり

かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて嘶《いなな》けば
つきせぬ草に秋は来て
声も悲しき天の馬

かなしいかなや音《ね》を遠み
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
飄《ひるがへ》り行く一葉舟《ひとはぶね》
[#改段]

四 深林の逍遙《しょうよう》、其他


  深林の逍遙

力を刻《きざ》む木匠《こだくみ》の
うちふる斧のあとを絶え
春の草花《くさばな》彫刻《ほりもの》の
鑿《のみ》の韻《にほひ》もとゞめじな
いろさま/″\の春の葉に
青一筆《あをひとふで》の痕《あと》もなく
千枝《ちえ》にわ
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