、旦那様は御机に倚凭《よりかか》って例の御調物です。御机の上には前の奥様の古びた御写真が有ました。旦那様もこの頃はそれを取出して、昔恋しく御眺めなさるのでした。とうとう私は何もかも打明《ぶちま》けて申上げましたのです。急に旦那様は御顔色を変えて、召上りかけた牛乳を御机の上に置きながら、
「むむ、分った、分った。お前の言うことは能《よ》く分った」
 と寂しそうに御笑なすって、湧上がる胸の嫉妬《しっと》を隠そうとなさいました。御顔こそ御笑なすっても、深い歎息《ためいき》や玻璃盞《コップ》を御持ちなさる手の戦慄《ふるえ》ばかりは隠せません。やがて、一口召上って、御独語《おひとりごと》のように、
「然し、元はと言えば乃公《おれ》の過《あやま》りさ。あれが来てから一年と経たない内に、もう乃公は飽いて了った。その筈《はず》だろう――あれとは年も違い、考も違う。まるで小児《ねんねえ》も同然だ。そんな者と話の合いようが無かろうじゃないか。噫《ああ》、年|甲斐《がい》もない、妻《さい》というものは幾人《いくたり》でも取替えられる位の了見でいたのが大間違。二度目となり、三度目となれば、もう真実《ほんとう》の結婚とは言われない。若いうちから長く一緒に居たものは、自分の経歴も知っていてくれるし、自分の嗜好《このみ》も知っていてくれるし……。お前が乃公のとこへ来てくれた時分は、乃公もあれを喜ばせたいばっかりに事業《しごと》をした。この節はあれを忘れよう……忘れようで事業をしているのだ。あれの不埓《ふらち》は乃公も薄々知ってはいた。知って今まで堪《こら》えていたというのも……その乃公の心持は……アハハハハハハハ。こんなことをお前に話したところで始まらないなア。あれの御父《おとっ》さんも御出なすったし、幸い一緒に連れて帰って貰う積りで、わざわざ長野までも出掛けては見たが、さて御父さんの顔を見ると――ああいう好人物《いいひと》だからなア、どうしても乃公にそんな話が出来ないじゃないか」と気を変えて、一段御声を低くなすって、「これはもうこれっきりの話だが、お前もそう言うからには何か証拠があるのかい。証拠がなくちゃ駄目だ。なあ、そうじゃないか。お前は何にも証拠がなかろう。だから、お前に一つ折入て頼みがある。お前が言う通り、桜井がこの節は毎日のように乃公の留守を附狙《つけねら》って入込むという証拠には、ど
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