は家のものの心を励ました。私は郊外に見つけて来た家のことを言って、第一土地の閑静なこと、樹木の多いこと、地味の好いことなどを話して聞かせた。女子供には、東京へ出られるということが何よりも嬉しいという風で、上京の日は私よりも反って家内の方に待遠しかったのである。その晩、お房やお菊は寝る前に私の側へ来て戯れた。私は久し振で子供を相手にした。
「皆な温順《おとな》しくしていたかネ」と私が言った。「サ――二人ともそこへ並んで御覧」
二人の娘は喜びながら私の前に立った。
「いいかね。房《ふう》ちゃんが一号で、菊《きい》ちゃんが二号で、繁ちゃんが三号だぜ」
「父さん、房ちゃんが一号?」と姉の方が聞いた。
「ああ、お前が一号で、菊ちゃんが二号だ。父さんが呼んだら、返事をするんだよ――そら、やるぜ」
二人の娘は嬉しそうに顔を見合せた。
「一号」
「ハイ」と妹の方が敏捷《すばしこ》く答えた。
「菊ちゃんが一号じゃないよ、房ちゃんが一号だよ」と姉は妹をつかまえて言った。
大騒ぎに成った。二人の娘は部屋中を躍《おど》って歩いた。
「へい、三号を見て下さい」
と山浦というところから奉公に来ている下女も
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