じゃったのよ」
 とお菊は訳も解らずに母の口真似をして、棺の周囲《まわり》を笑いながら踊って歩いた。
「馬鹿だねえ……御覧なさいな、繁ちゃんは最早ノノサンに成ったんじゃ有りませんか……」
 と復た母に言われて、お房は不思議そうに、泣|腫《は》らしている母の顔を覗き込んだ。丁度そこへ家内の妹も学校の方からやって来たが、この有様を見ると、直に泣出した。終《しまい》にはお房も悲しく成ったと見えて、母や叔母と一緒に成って泣いた。
 蝋燭《ろうそく》の火が赤く点《とぼ》った。
「兎の巾着でも入れてやりナ」
 と私が言ったので、家内や妹は棺の周囲へ集って、毛糸の巾着の外に、帽子、玩具《おもちゃ》、それから五月の花のたぐいで、死んだ子供の骸《から》を飾った。
 墓地は大久保の長光寺と言って鉄道の線路に近いところにあった。日が暮れてから、植木屋の亭主に手伝って貰って、私はこの大屋さんと二人で棺を提げて行った。同じ庭の内の借家に住む二人の「叔父さん」、それから向《むかい》の農家の人などは、提灯《ちょうちん》を持って見送ってくれた。この粗末な葬式を済ました後で、親戚や友達に知らせた。
 こうして私の家には
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