が生えたように成っていた。とはいえ町の人は私の願を容《い》れてくれた。そして餞別《せんべつ》を集めたり、いろいろ世話をしたりしてくれた。日頃親しくして、「叔父さん」とか「叔母さん」とか互に言い合った近所の人達は、かわるがわる訪ねて来た。いよいよ出発の日が近づいた。三人の子供には何を着せて行こう、とこう家内はいろいろに気を揉んだ。「房《ふう》ちゃん、いらッしゃい、衣服《おべべ》を着て見ましょう――温順《おとな》しくしないと、東京へ連れて行きませんよ」と家内が言って、写真を映した時に一度着せたヨソイキの着物を取出した。それは袖口《そでぐち》を括《くく》って、お房の好きなリボンで結んである。お菊のためには黄八丈の着物を択ぶことにした。
「菊《きい》ちゃんの方は色が白いから、何を着ても似合う」
こう皆なが言い合った。
五月の朔日《ついたち》は幸に天気も好く、旅をするものに取って何よりの日和《ひより》だった。子供は近所の娘達に連れられて、先ず停車場を指《さ》して出掛けた。学校の小使が別れに来たから、この人には使用《つか》っていた鍬を置いて行くことにした。私は毎日通い慣れた道を相生町の方へとっ
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