棺にして、大屋さんと二人で寺まで持って行きました。そういう勢でしたサ。お繁が死んでくれて、反《かえ》って難有《ありがた》かったなんて、串談《じょうだん》半分にも僕はそんなことをお雪に話しましたよ……ところが君、今度は家のやつが鳥目などに成るサ……」
「そうそう」と正太も思出したように、「あの時はエラかった。私も新宿まで鶏肉《とり》を買いに行ったことが有りました」
「そんな思をして骨を折って、漸くまあ何か一つ為《し》た、と思ったらどうでしょう。復たお菊が亡くなった。僕は君、悲しいなんていうところを通越《とおりこ》して、呆気《あっけ》に取られて了《しま》いました――まるで暴風にでも、自分の子供を浚《さら》って持って行かれたような――」
思わず三吉はこんなことを言出した。この郊外へ引移ってから、彼の家では初めての男の児が生れていた。種夫《たねお》と言った。その乳呑児《ちのみご》を年若な下婢《おんな》に渡して置いて、やがてお雪も二人の話を聞きに来た。
「どんなにか叔母さんも御力落しでしょう」と正太はお雪の方へ向いて、慰め顔に、「郷里《くに》の母からも、その事を手紙に書いて寄《よこ》しました」
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