に無い――尤《もっと》も、これは再三再四熟考した上のことで、いよいよ相場師として立とうと決心した、と言出した。
 何か冒険談でも聞くように、しばらく三吉は正太の話に耳を傾けていたが、やがて甥の顔を眺めて、
「しかし君、――実さんにせよ、森彦さんにせよ、皆な儲《もう》けようという人達でしょう。そういう人達が揃《そろ》っていても、容易に儲からない世の中じゃ有りませんか。兜町へ入ったからッて、必ず儲かるとは限りませんぜ」
「実叔父さん達と、私とは、時代が違います」と正太は力を入れた。
「まあ僕のような門外漢から見ると、商売なり何なりに重きを置いてサ、それから儲けて出るというのが、実際の順序かと思うネ。名倉の阿爺《おやじ》を見給え。あの人は事業をした。そして、儲けた。どうも君等のは儲けることばかり先に考えて掛ってるようだ……だから相場なんて方に思想《かんがえ》が向いて行くんじゃ有りませんか」
「そこです。私は相場を事業として行《や》ります。一寸手を出してみて、直ぐまた止《や》めて了うなんて、そんな行き方をする位なら、初から私は関係しません……先《ま》ず店員にでも成って、それから出発するんです…
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