客間は、丁度以前の小泉の奥座敷と同じ向にあって、遠い美濃《みの》の平野を一段高く望まれるような位置にある。そこへ主人は三吉を誘った。桑畠は直ぐ石垣の下にあった。忠寛の書院、母やお倉のよく縫物をした仲の間、実の居た「くつろぎ」の間、上段、離れ、会所などと名のつけてあった広い部屋々々の跡は、眼下《めのした》に見ることが出来る。温厚な長者らしい主人は、自分も往時《むかし》を思出したという風で、三吉と一緒に縁側に立って、あそこに井戸があった、ここに倉があった、と指して見せた。忠寛の座敷牢のあったという木小屋の辺《あたり》は未だ残っていた。三吉が祖母の隠居していた二階建の離れには、今は主人の老母が住むとのことであった。
「や、小泉さんに進《あ》げるものが有る」
と主人は、手を鳴らして酒を呼んだ後で、桑畠の中から掘出されたという忠寛の石印を三つばかり三吉の前に置いた。
古い鏡も掘出されたことを、主人は語った。忠寛の書院の前にあった牡丹《ぼたん》は、焼跡から芽を吹いて、今でも大きな白い花が咲く。こんな話もした。
この明るい二階へも、村の人や三吉の学校友達が押掛けて来た。以前は、「オイ、三公」な
前へ
次へ
全324ページ中288ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング