に燃《とぼ》る蝋燭《ろうそく》の火を眺めながら、三吉は窓に近い壁のところに倚凭《よりかか》っていた。
「叔父さん、お疲れでしょう」と正太は三吉の前に立った。
「なにしろ、君、初《はな》の一週間は助けたい助けたいで夜も碌《ろく》に眠らないでしょう。後の一週間は、子供の側に居るのもこれかぎりか、なんと思って復た起きてる……終《しまい》には、半分眠りながら看護をしていましたよ。すこし身体を横にしようものなら、直にもう死んだように成って了って……」
「私なぞも、どうかすると豊世に子供でも有ったら、とそう思うことも有りますが、しかし叔父さんや叔母さんの苦むところを見ていますと、無い方が好いかとも思いますネ」
「正太さん、煙草を持ちませんか。有るなら一本くれ給えな」
正太は袂《たもと》を探った。三吉は甥がくれた巻煙草に火を点《つ》けて、それをウマそうに燻《ふか》してみた。葬式の準備やら、弔辞《くやみ》を言いに来る人が有るやらで、家の内は混雑《ごたごた》した。三吉は器械のように起《た》ったり坐ったりした。
葬式の日は、親類一同、小さな棺の周囲《まわり》に集った。三吉が往時《むかし》書生をしていた
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