私の処を聞いたぞなし。私は知らん顔していた。あんまり煩《うるさ》いから、木曾《きそ》だってそう言ってやった」
「木曾はよかった」と三吉が笑う。
「先方《さき》の人も変に思ったでしょうねえ」と豊世は妹の顔を眺めて、「お仙ちゃんは、自分じゃそれほど可畏《こわ》いとも思っていなかったようですね」
お仙はきれぎれに思出すという顔付で、「ハンケチの包を取られては大変だと思ったから――あの中には姉さんに買って頂いた白粉《おしろい》が入っていたで――私はこうシッカリと持っていた。男の人が、それを袂《たもと》へ入れろ入れろと言うじゃないかなし。私が入れた。そうすると、この袂を捕《つかま》えて、どうしても放さなかった……」
「アア、白粉を取られるとばかり思ったナ」と正太が言った。
「ええ」とお仙は微笑《えみ》を浮べて、「それから方々暗い処を歩いて、終《しまい》に木のある明るい処へ出た。草臥《くたびれ》たろうから休めッて、男の人が言うから、私も腰を掛けて休んだ……」
「して見ると、やっぱり公園の内へ入ったんだ。あれほど僕等が探したがナア」と三吉は言ってみた。
お仙は言葉を続けて、「煙草を服《の》まない
前へ
次へ
全324ページ中181ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング