。子供は、知らない大人に見られることを羞《は》じるという風であったが、馳出《かけだ》そうともしなかった。
短い着物に細帯を巻付けたこの娘の様子は、同じ年頃のお菊のことを思出させた。
お雪が夫と一緒に、三人の娘を引連れ、遠く山の上から都会の方へ移った時は、新しい家の楽みを想像して来たものであった。引越の混雑《ごたごた》の後で、三番目のお繁――まだ誕生を済ましたばかりのが亡くなった。丁度それから一年過ぎた。復《ま》た二番目のお菊が亡くなった。あのお菊が小さな下駄を穿《は》いて、好きな唱歌を歌って歩くような姿は、最早家の周囲《まわり》に見られなかった。
姉のお房とは違い、お菊の方は遊友達も少なかった。「菊ちゃん、お遊びなさいな」と言って、よく誘いに来たのはこの近所の娘である。
道路には日があたっていた。新緑の反射は人の頭脳《あたま》の内部《なか》までも入って来た。明るい光と、悲哀《かなしみ》とで、お雪はすこし逆上《のぼせ》るような眼付をした。
「まあ、正太さん、お上んなすって下さい」
こう叔母に言われて、正太は垣根越しに家《うち》の内《なか》を覗《のぞ》いて見た。
「叔父さんは?」
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