ていなかった。ドシドシ薬を売弘めることを考えた。「大旦那の時分には、あんなに多勢の人を使って、今の半分も薬が売れていない――あの時分の人達は何を為ていたものだろう――母親さん達は皆なの食う物をこしらえる為にいそがしかった」こう思っていた。お種に取って思出の部屋々々も彼には無用の長物であった。
こういう実際的な幸作のところへ、旧家の空気も知らないお島が嫁《かたづ》いて来た。達雄やお種から見ると、二人は全く別世界の人であった。若い夫婦はどうお種を慰めて可いか解らなかった。
三吉はこの人達の居る方へ来て見た。そこは以前彼が直樹と一緒に一夏を送った座敷で、庭の光景《さま》は変らずにある。谷底を流れる木曾川の音もよく聞える。壁の上には、正太から送って来た水彩画の額が掛っている。こういうものを見て楽む若旦那の心は幸作にもあった。
「姉様《あねさま》を呼んでお出《いで》」
と幸作は妻に吩咐《いいつ》けた。
豊世は困ったような顔付をして、奥座敷の方から来た。「こんな折にでも話さなければ話す折が無い」と言って、幸作はどんなに正太の成功を祈っているかということを話した。苦心して蓄積したものは正太の事業を助ける為に送っているということを話した。お仙を連れて空しく東京を引揚げてからのお種は、実に、譬《たと》えようの無い失望の人であった――こんなことを話した。
「兄様《あにさま》さえ好くやってくれたら、私は何事《なんに》も言うことは無い――私は今、兄様の為に全力を挙げてる――一切の事はそれで解決がつく」
と幸作は力を入れて言った。
姑と若夫婦と両方から話を聞かされて、三吉は碌《ろく》に休むことも出来なかった。その晩も、彼は奥座敷の方へ行って、復たお種の歎《なげ》きを聞いた。姉は遅くなるまで三吉を寝かさなかった。
夜が更《ふけ》れば更るほどお種の眼は冴《さ》えて来た。
「姉さん、若いものに任せて置いたら可いでしょう」
と三吉が言うと、姉はそれを受けて、
「いえ、だから俺は何事《なんに》も言わん積りサ――彼等《あれら》が好いように為て貰ってるサ――」
こういう調子が、どうかすると非常に激して行った。幸作夫婦が始めようとする新しい生活、ドシドシやって来る鉄道、どれもこれもお種の懊悩《なやま》しい神経を刺戟《しげき》しないものは無かった。この破壊の中に――彼女はジッとして坐っていら
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