無いような調子で答えた。幸作は豊世のことを「御新造」と言わないで、「姉様」と呼ぶように成っていた。
「母親《おっか》さんもどんなにか御待兼でしたよ」
 とお島は客を款待顔《もてなしがお》に言った。この若い細君は森彦の周旋で嫁《かたづ》いて来た人で、言葉|遣《づか》いは都会の女と変らなかった。
「もう、それでも、皆な帰るぞなし」とお仙は叔父の方を見た。
 遅く着いた客の前には、夕飯の膳が置かれた。三吉が旅の話をしながら馳走《ちそう》に成っていると、そこへお種と豊世が急いで帰って来た。お種は提灯《ちょうちん》の火を吹消して上った。三吉と相対《さしむかい》に、炉辺の正面へドッカと坐ったぎり、姉は物が言えなかった。
「叔父さん、真実《ほんとう》によく被入《いら》しって下さいましたねえ」と豊世は叔父に挨拶《あいさつ》して、やがてお仙の方を見て、「お仙ちゃん、母親さんに御湯でも進《あ》げたら好いでしょう。今夜は叔父さんが御着きに成るまいと思っていらしったところへ、急に御見えに成ったものですから、母親さんは嬉しいのと――」
 お種はいくらか蒼《あお》ざめて見えた。お仙のすすめる素湯《さゆ》を一口飲んで、両手を膝《ひざ》の上に置きながら、頭を垂れた。
 ややしばらく経った後で、
「三吉、俺は何事《なんに》も言いません――これが御挨拶です」
 とお種は大黒柱を後にして言った。


 古めかしい奥座敷に取付けられた白い電燈の蓋《かさ》の下で、三吉は眼が覚《さ》めた。そこは達雄の居間に成っていたところで、大きな床、黒光りのする床柱なぞが変らずにある。庭に向いた明るい障子のところには、達雄の用いた机が、位置まで、旧《もと》の形を崩さないようにして置いてある。黄色い模様の附いた毛氈《もうせん》の机掛は、色の古くなったままで、未だ同じように掛っている。
 年をとったお種は、旅に来て寝られない弟よりも、早く起きた。三吉が庭に出て見る頃は、お種は箒《ほうき》を手にして、苔蒸《こけむ》した石の間をセッセと掃いていた。
「こんな山の中にも電燈が点《つ》くように成りましたかネ」と三吉が言った。
「それどこじゃ無いぞや。まあ、俺と一緒に来て見よや」
 こうお種は寂しそうに笑って、庭伝いに横手の勝手口の方へ弟を連れて行った。以前土蔵の方へ通った石段を上ると、三吉は窪《くぼ》く掘下げられた崖《がけ》を眼下《め
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