が何よりですわ。笑って暮すのが――」とお雪は豊世の方を見て。
「今にお俊ちゃん達も笑ってばかりいられなく成るよ」
 こう言って三吉が笑ったので、二人の女も一緒に成って笑った。
 三吉は家の内部《なか》を見廻した。彼とお雪の間に起った激しい感動や忿怒《ふんぬ》は通過ぎた。愛欲はそれほど彼の精神《こころ》を動揺させなく成った。彼はお雪の身体ばかりでなく、自分で自分の身体をも眺めて、それを彫刻のように楽むことが出来るように成った――丁度、杯の酒を余った瀝《しずく》まで静かに飲尽せるような心地《こころもち》で。二人は最早離れることもどうすることも出来ないものと成っていた。お雪は彼の奴隷で、彼はお雪の奴隷であった。

        九

「叔母さん――私も郷里《くに》へ行って参りますわ。宅から手紙が参りましてネ、どうも田舎《いなか》の家が円《まる》くいかないようだから、暫時《しばらく》お前は母親《おっか》さんの傍へ行ってお出なんて。まあ、どうしたというんでしょう。お嫁さんを貰うまでは、母親さんの眼の中へ入っても痛くない幸作さんでしたがねえ……私もイヤに成って了《しま》いますわ……彼方《あっち》へ行き、是方《こっち》へ行き、一つ処に落着いていられた例《ためし》は無いんですものね。叔父さんも、何でしたら、一度郷里へいらしって下さいましな。母親さんによく話してやって下さい。真実《ほんと》に、叔父さんにでも行って頂くと難有《ありがた》いんですけれど……」
 こう言って、豊世が三吉の家へ寄ったのは、八月の下旬であった。それに附添《つけた》して、
「名古屋へ私が手紙を出しました序《ついで》に、『駒形の家は月が好う御座んすが、そっちではどんな月を見てますか』ッて、そう申して遣《や》りましたら、『俺は物干へ出て月を見てる』なんて、そんな返事を寄しましたよ――彼方《あちら》も御暑いと見えますね」と夫のことを案じ顔に言った。彼女は留守宅を老婆《ばあさん》に托して行くこと、名古屋廻りの道筋を取って帰国することなどを、叔父や叔母に話して置いて、心忙しそうに別れて行った。
 三吉は父母の墓を造ろうと思い立っていた。山村に眠る両親の墳《つか》は未だそのままにしてあったので、幸作へ宛《あ》てて手紙を送って、墓石のことを頼んで遣った。返事が来た。石の寸法だの、直段書《ねだんがき》だのを細く書いて寄した。九
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