間もなく勉は旅舎《やどや》の方へ戻って行った。三吉は勉の子供へと思って、土産《みやげ》にする物を町から買求めて来た。それを持って妻の前に立った。
「父さん、何物《なに》か――」と種夫は見つけて、父に縋《すが》りつく。
「お前のお土産《みや》じゃ無いよ。あっちの叔父さんに進《あ》げるんだよ」と三吉は子供に言い聞かせて、やがてお雪に、「これはお前に頼むぜ――俺のかわりに、後で勉さんの旅舎まで行って来ておくれ」
「そんなことをしなくッても宜う御座んすに」
と母は顔を出して言った。
夕食の後、三吉は二階に上って、机に対《むか》って見た。「馬鹿」と彼は自分で自分を叱った。「どうでも可いじゃないか、そんな事は……傍観者で沢山だ」こう復た自分に言って見た。不思議な本能の力は、しかし彼を唯《ただ》傍観させては置かなかった。何時《いつ》の間にか、彼はお雪が勉の旅舎に訪ねて行く時のことを想像した。彼女と勉との交換《とりかわ》す言葉を想像した。
「どうしたというんだ、一体俺は……」
思い屈したような眼付をして、彼は部屋を見廻した。
その時、「君は嫉《ねた》んだことが有るか……」こうある仏蘭西《フランス》人の物語の中にあった言葉を胸に浮べて、三吉は心に悲しく思った。男が嫉む――それが自分のことだと感じた時は、彼は自分の性質を恥じずにいられなかった。許した、許した、とは言ったものの、未だ真実《ほんとう》に勉やお雪を許してはいなかった、とも思って来た。
階下《した》では、三人の子供も寝た。お雪は仕度が出来たと見えて階梯《はしごだん》のところへ来て声を掛けた。
「じゃ、父さん、一寸行って参ります」
表の木戸を開けていそいそと出て行く妻の様子は、二階に居てよく知れた。三吉は熟《じっ》と耳を澄まして、お雪の下駄《げた》の音を聞いた。
震える自分の身体《からだ》を見ながら、三吉は妻の帰りを待っていた。人が離縁を思うのもこういう時だろう。こんなことを悲しく考えて、終《しまい》に、今まで起したことも無い思想《かんがえ》に落ちて行った。僧侶《ぼうさん》のような禁欲の生活――寂しい寂しい生活――しかし、それより外に、養うべき妻子を養いながら、同時にこの苦痛を忘れるような方法は先ず見当らなかった。このまま家を寺院|精舎《しょうじゃ》と観る。出来ない相談とも思われなかった。三吉はその道を行こうと
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