豊世さんが心配してるんですか。そんな危げのある女でも無さそうですがナア。私の見たところでは、お目出度いような人でしたよ」
「復た阿爺《おやじ》の轍《てつ》を履《ふ》みはしないか、それを豊世は恐れてる」
「しかし、兜町の連中なぞは酒席が交際場裏だと言う位です。塩瀬の大将だっても妾《めかけ》が幾人《いくたり》もあると言う話です。部下のものが飲みに行く位のことは何とも思ってやしないんでしょう。大将がそんなことを言いそうも無い……豊世さんの方で心配し過ぎるんじゃ有りませんか」
「俺は、まあ、何方《どっち》だか知らないが――」
「そんなことは放擲《うっちゃらか》して置いたら可いでしょう。そうホジクらないで……私に言わせると、何故《なぜ》そんなに遊ぶと責めるよりか、何故もっと儲けないと責めた方が可い」
 森彦は長火鉢の上で手を揉んだ。
「どうも彼《あれ》は質《たち》がワルいテ。すこしばかり儲けた銭で、女に貢《みつ》ぐ位が彼の身上《しんじょう》サ。こう見るのに、時々彼が口を開いて、極く安ッぽい笑い方をする……あんな笑い方をする人間は直ぐ他《ひと》に腹の底を見透されて了う……そこへ行くと、橋本の姉さんなり、豊世なりだ。余程彼よりは上手《うわて》だ。吾儕《われわれ》の親類の中で、彼の細君が一番エライと俺は思ってる。細君に心配されるような人間は高が知れてるサ」
「ですけれど――私は、貴方が言うほど正太さんを安くも見ていないし、貴方が買ってる程には、橋本の姉さんや豊世さんを見てもいません。丁度姉さんや豊世さんは貴方が思うような人達です。しかし、あの人達は自分で自分を買過ぎてやしませんかネ」
「そうサ。自分で高く買被《かいかぶ》ってるようなところは有るナ」
 兄は弟の顔をよく見た。
「女の方の病気さえなければ、橋本|父子《おやこ》に言うことは無い――それがあの人達の根本《おおね》の思想《かんがえ》です。だから、ああして女の関係ばかり苦にしてる。まだ他に心配して可いことが有りゃしませんか。達雄さんが女に弱くて、それで家を捨てるように成った――そう一途《いちず》にあの人達は思い込んで了うから困る」
 兄は、弟が来て、一体誰に意見を始めたのか、という眼付をした。
「しかし」と三吉はすこし萎《しお》れて、「正太さんも、仕事をするという質《たち》の人では無いかも知れませんナ」
「彼が相場で儲けたら、
前へ 次へ
全162ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング