の若い時代を可懐《なつか》しく思った。しばらく彼は、樺太《からふと》で難儀したことや、青森の旅舎《やどや》で煩《わずら》ったことを忘れた。旧い屋根船の趣味なぞを想像して歩いた。
「お揃《そろ》いですか」
と三吉は机を離れて、客を二階の部屋へ迎えた。
兜町の方へ通うように成ってから、榊は始めて三吉と顔を合せた。榊も、正太もまだ何となく旧家の主人公らしかった。言葉|遣《づか》いなぞも、妙に丁寧に成ったり、書生流儀に成ったりした。
「叔母さん、おめずらしゅう御座いますネ」
と正太は茶を持って上って来た叔母の髪に目をつけた。お雪は束髪を止《よ》して、下町風の丸髷にしていた。
お雪が下りて行った後で、榊は三吉と正太の顔を見比べて、
「ねえ、橋本君、先《ま》ず吾儕《われわれ》の商売は、女で言うと丁度芸者のようなものだネ。御客|大明神《だいみょうじん》と崇《あが》め奉って、ペコペコ御辞儀をして、それでまあ玉《ぎょく》を付けて貰うんだ。そこへ行くと、先生は芸術家とか何とか言って、乙《おつ》に構えてもいられる……大した相違のものだネ」
三吉は「復た始まった」という眼付をした。
「先生でなくても、君でも可いや――ねえ、小泉君、僕がこんな商売を始めたと言ったら、君なぞはどう思うか知らないが――」
「叔父さんなんぞは何とも思ってやしません」と正太が言った。
「榊が居ると思わないで、ここに幇間《たいこもち》が一人居ると思ってくれ給え――ねえ、橋本君、まあお互にそんなもんじゃないか」と言って、榊は急に正太の方に向いて、「どうだい、君、今日の相場は。僕は最早傍観していられなく成った。他《ひと》の儲けるところを、君、黙って観ていられるもんか」
「ドシンと来たねえ」
「どうだい、君、二人で大に行《や》ろうじゃないか」
笛、太鼓の囃子《はやし》の音が起った。芝居の広告の幟《のぼり》が幾つとなく揃って、二階の欄《てすり》の外を通り過ぎた。話も通じないほどの騒ぎで、狭い往来からは口上言いの声が高く響き渡った。階下《した》では、種夫を背負《おぶ》った人が、見せに出るらしかった。親戚の娘達の賑かな笑声も聞えた。
やがて、榊は三吉の方を見て、
「小泉君の前ですが、君は僕の家内にも逢って、覚えておられるでしょう。家内は今、郷里《くに》に居ます。時々家のことを書いた長い手紙を寄越《よこ》します。そ
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