彦さんの許《ところ》だ」と三吉は稲垣の家を出てから言った。
「その兄さんは何を為《な》さる方ですか」こうお雪が聞いた。
長いこと森彦は朝鮮の方に行っていた。東亜の形勢ということに眼を着けて、その間種々な方面の人に知己の出来たことや、時には貿易事業に手を出したことなどは、大体の輪廓だけしか身内の者の間に知られていなかった。それから帰って来て、以前尽力した故郷の山林事件の為に、有志者を代表して奔走を続けている。この兄は、一平民として、地方の為に働きつつあるとは言える。しかし、何――屋とか、何――者とか、一口に話せないような人であった。
「まあ、俺《おれ》と一緒に行って、逢ってみるが可い」
三吉はこんな風に言ってみた。
森彦の旅舎《やどや》へは、お俊も三吉夫婦に伴われて行った。二階の座敷には熊の毛皮などが敷いてあって、窓に寄せて、机、碁盤《ごばん》の類が置いてある。片隅《かたすみ》に支那|鞄《かばん》が出してある。室内の心地《こころもち》よく整頓《せいとん》された光景《さま》を見ても、長く旅舎住居をした人ということが分る。
「よく来てくれた。私は兄貴の許《ところ》へ手紙を遣《や》って置
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