た。「こんな下駄を穿《は》かして、式に連れて行かれるものか。これは、お前、雛妓《おしゃく》なぞの穿くような下駄だ」
「だって、『母親《おっか》さん、これが好い、これが好い』ッて、あの娘《こ》が聞かないんですもの」とお倉が言う。
「親が附いて行って……こんなものはダチカン……鈴の音のしないような、塗って無いのが好い。取替えて来い」と実は叱るように言った。
「私も、そうも思ったけれど」とお倉は苦笑《にがわらい》しながら。
「母親さん、取替えて来ましょうよ」と娘は母の袂《たもと》を引いた。
 生め、殖《ふや》せ、小泉の家と共に栄えよ――この喜悦《よろこび》は実が胸に満ち溢れた。彼は時の経つのを待兼ねた。遠方から着いた名倉の母、兄などは、先ず旅舎《やどや》で待つということで、実と稲垣とは約束の刻限に其方へ向けて家を出た。
 丁度、お倉の実の姉のお杉も、手伝いながら来て、掛っている頃であった。このお杉の他に、稲垣の細君もやって来て、二人してお俊の為に晴の衣裳を着せるやら、帯を〆《しめ》させるやらした。直樹の老祖母《おばあ》さんも紋付を着てやって来た。目出度《めでたい》、目出度、という挨拶は其処《
前へ 次へ
全293ページ中89ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング