読してみた。薬の方の多忙《いそが》しいところを見て貰ったのが、何より東京への土産だ、とも話した。
「三吉さん、来て御覧なさい。君に御馳走《ごちそう》しようと思って頼んで置いた物が、漸く手に入りましたから」
 と達雄は炉辺へ三吉を呼んで言った。三吉も帰る仕度やら、土地の人の訪問を受けるやらで、心はあわただしかった。
「三吉」と姉も名残を惜むという風で、「お前さんに食べさせてもやりたいし、持たせてもやりたいと思って、今三人掛りで、この蜂《はち》の子を抜くところだ。見よや、これが巣だ。えらい大きな巣を作ったもんじゃないか」
 五層ばかりある地蜂の巣は、漆の柱を取離して、そこに置いてあった。お種はお仙やお春と一緒に、子は子、親に成りかけた蜂は蜂で、一々巣の穴から抜取っていた。この地蜂は、蜜蜂などに比べるとずっと小さく、土地の者の珍重する食料である。三吉も少年の時代には、よく人に随《つ》いて、この巣を探しに歩いたものである。
「母親さん、写真屋が来ましたから、着物を着更えて下さい」
 こう正太がそこへ来て呼んだ。
「写真屋が来た? それは大多忙《おおいそがし》だ。お仙――蜂の子はこうして置いて、
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