さんが俺の方を向いたその時の眼付というものは……」
 森彦は何か鋭く自分の眼でも打ったという手付をして見せて、言葉を続けた。
「それから、Mさんと俺とで、懇々説いてみた。実に平素《ふだん》の達雄さんには言えないようなことを言ったよ――自分は何もかも捨てたものだ――妻があるとも思わんし、子があるとも思わん――後はどう成っても関《かま》わないッて。最早《もう》仕方無い。その言葉を聞いて、吾儕《われわれ》は別れた」
「エライ発心《ほっしん》の仕方をしたものだ。坊主にでも成ろうというところを、少婦《おんな》を連れて出て行くなんて」
 と三吉は言ってみたが、曾《かつ》て橋本の家の土蔵の二階で旧《ふる》い日記を読んだことのある彼には、この洒落《しゃらく》と放縦とで無理に彩色《いろどり》してみせたような達雄の家出を想像し得るように思った。いかに達雄が絶望し、狼狽《ろうばい》したかは、三吉に悲惨な感《かんじ》を与えた。
「あの時|吾儕《われわれ》の会見したことは、ちゃんと書面に製《こしら》えて、一通は記念の為に正太へ送ったし、一通は俺の許《とこ》に保存してある」こう森彦は物のキマリでもつけたように言っ
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