三吉の家では、夫婦して子供を育てるということすら容易でなかった。
丁度三吉は学校の用向を帯びて出京した留守で、家では皆な主人の帰りを待侘《まちわ》びていた。
「今晩は」
こう声を掛けて、近所の娘達が入って来た。この娘達は、夕飯の終る頃から手習の草紙を抱《かか》えて、お雪のところへ通って来るように成ったのである。
「何卒《どうぞ》、お上んなさいまし」とお雪は入口の庭の方へ子供を向けて、自分も一緒に蹲踞《しゃが》みながら言った。
「まあ、房ちゃんの肥っていなさること」と娘の一人が言った。
他の娘も笑いながら、「房ちゃん、シイコが出ますかネ」
お房は半分眠っていた。お雪は子供の両足を持添えて、「シ――」とさせて、やがて自分の部屋の方へ連れて行った。
子供の寝床は敷いてあった。お雪が寝衣を着更えさせていると、そこへ下婢《おんな》は線香の粉にしたのを紙に包んで持って来た。お房は股擦《またずれ》がして、それが傷《いた》そうに爛《ただ》れている。お雪は線香の粉をなすって、襁褓《むつき》を宛《あ》てて、それから人形でも縛るようにお房の足を縛った。
お雪が横に成って子供を寝かしつけている間に
前へ
次へ
全293ページ中178ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング