ませんでした」
 と曾根が言って、避暑地の霧に悩まされていることなどを話出した。彼女は、何かこうシッカリと捉《つか》まる物でも無《なけ》れば、自分の弱い体躯《からだ》まで今に何処へか持って行かれて了うような眼付をした。
「日記といえば」と曾根は又思出したように、「私も日記をつけてみましたけれど……不平なようなことばかりで、面白くないものですから、大晦日《おおみそか》の晩に焼いて了いました。そして、元日に遺言状を書きました。ああ狂《きちがい》……私のようなものが世の中に居るのは間違なんで御座いましょう……」
 深く沍々《さえざえ》とした彼女の黒瞳《くろめ》は自然と出て来る涙の為に輝いた。
 その日、曾根は興奮した精神《こころ》の状態《ありさま》にあった。どうかすると、悲哀《かなしみ》の底から浮び上ったように笑って、男というものを嘲るような語気で話した。
 お雪はこの仲間入に呼出されても、直に勝手の方へ行って、妹を相手に洗濯物を取込むやら、霧を吹いて畳むやらしていた。曾根が礼を述べて、別れて帰る時、お雪は炉辺で挨拶《あいさつ》した。
「まあ、宜しいじゃ御座いませんか……もっと御緩《ごゆっく
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