です。多分正太さんも宗さんから借りて来たんでしょう」
達雄はお種と顔を見合せた。宗さんとは三吉が直ぐ上の兄にあたる宗蔵のことである。「どうも不思議だ、不思議だと思った」と達雄が言った。
「三吉の方が正直なと見えるテ」とお種も考深い眼付をする。
金側の時計が銀側の時計に変ったということは、三吉にはさ程《ほど》不思議でもなかった。「正直なと見えるテ」と言われる三吉にすら、それ位のことは若いものに有勝《ありがち》だと思われた。達雄はそうは思わなかった。
「どういう人に成って行くかサ」とお種は更に吾子《わがこ》のことを言出して、長い羅宇《らう》の煙管《きせる》で煙草《たばこ》を吸付けた。「一体|彼《あれ》は妙な気分の奴で、まだ私にも好く解らないが――為《す》る事がどうも危《あぶな》くて危くて――」
「正太さんですか」と三吉も巻煙草を燻《ふか》しながら、「なにしろ、まだ若いんですもの。話をして見ると心地《こころもち》の好い人ですがねえ。どうかするとこう物凄《ものすご》いような感じのすることが有る。あそこは、僕は面白いところじゃないかと思いますよ」
「実は、私も、そうも思って見てる」
こう達雄が言った。
「何卒《どうか》まあウマくやって貰わないと――橋本の家に取っては大事な人だで」とお種は三吉の方を見て、「兄さんもこの節は彼のことばかり心配してますよ。吾家《うち》でも、御蔭で、大分商法が盛んに成って、一頃から見ると倍も薬が売れる。この調子で行きさえすれば内輪《うちわ》は楽なものなんですよ。他に何も心配は無い。唯、彼が……」と言いかけて、声を低くして、「近頃懇意にする娘が有るだテ」
「有りそうなことだ」と三吉は正太を弁護するように言う。
「お前さんは直にそうだ」とお種は叱って見せて、「若いものの肩ばかり持つもんじゃ有りませんよ」
「やはりこの町の人ですか」と三吉が聞いた。
「ええ、そうですよ」とお種は受けて、「兄さんにしろ、私にしろ、どうもそこが気に入らん」
こういう話をして居る間、お仙は手持無沙汰《てもちぶさた》に起《た》ったり坐ったりして、時には親達の話の中で解ったと思うことが有る度に、独《ひと》り微笑《ほほえ》んだりしていたが、つと母の傍へ寄った。
「お仙ちゃん、御話が解りますかネ」とお種は母らしい調子で言った。
「ええ、解る」とお仙は両親の顔を見比べながら。
「解るは、よかった」達雄は笑った。
お種は三吉の方を見て、「すこし込入った話に成ると、お仙には好く解らない風だ。そのかわり、奇麗な気分のものだぞや」
「真実《ほんと》に、好い姉さんに成りましたネ」と三吉が言う。
「彼女《あれ》も最早《もう》女ですよ。その事は私がよく言って聞かせて、誰にでも普通《あたりまえ》に有ることだからッて教えて置いたもんですから、ちゃんと承知してる。こうして大きく成って、可惜《おし》いようなものだが、仕方が無い。行く行くは一軒別にでもして、彼女が独りで静かに暮せるようだったら、それが何よりですよ」
「そんなことをしないたッて、お婿さんを貰ってやるが可い」と三吉は戯れるように言った。
「叔父さんはああいうことを言う……」
とお仙は呆《あき》れて、笑い転げるように新座敷へ逃出した。
風呂が沸いたと言って、下婢《おんな》のお春が告げに来た頃、先ず達雄は連日の疲労を忘れに行った。
「お仙、ちゃっと髪を結って了《しま》わまいかや」とお種は、炉辺へ来て待っている髪結を呼んで、古風な鏡台だの櫛箱《くしばこ》だのを新座敷の方へ取出した。
「三吉。すこし御免なさいよ」とお種は鏡の前に坐りながら言った。「私は花が好きだで、今年も丹精して造りましたに見て下さい――夏菊がよく咲きましたでしょう」
三吉は庭に出て、大きな石と石の間を歩いたが、不図《ふと》姉の後に立つ女髪結を見つけて不思議そうに眺めていた。髪結は種々な手真似《てまね》をしてお種に見せた。お種は笑いながら、庭に居る弟の方を見て、「この髪結さんは手真似で何でも話す。今東京から御客さんが来たそうだが、と言って私に話して聞かせるところだ――唖《おし》だが、悧好《りこう》なものだぞい」こう言い聞かせた。
深い屋根の下にばかり日を送っているお種は、この唖の髪結を通して、女でなければ穿鑿《せんさく》して来ないような町の出来事を知り得るのである。髪結は又、人の気の付かないことまで見て来て、それを不自由な手真似で表わして見せる。その日も、親指を出したり、小指を出したり、終《しまい》に額のところへ角を生《はや》す真似をしたりして、世間話を伝えながら笑った。
日暮に近い頃から、達雄、三吉の二人は涼しい風の来る縁先へ煙草盆を持出した。大番頭の嘉助も談話《はなし》の仲間に加わった。そこへお仙やお春が台所の方から膳《
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