たいものですよ」
 身内のものの噂は自然と宗蔵のことに移った。
「宗さんですか」とお倉はさもさも厄介なという風に、「世話してくれてる人がよく来て話します。まあ心《しん》はどれ程|御強健《ごじょうぶ》なものか知れませんなんて……こういう中でも、貴方、月々送るものは送らなけりゃ成りません。森彦さんも御大抵じゃ有りませんサ」
「彼は小泉の家に附いた厄介者です。どうしてまたあんな者が出来たものですかサ」
「もう少し病人らしくしていると可いんですけれど、我儘《わがまま》なんですからねえ――森彦さんはああいう気象でしょう、真実《ほんと》に宗蔵のような奴は……獣《けだもの》ででもあろうものなら、踏殺してくれたいなんて……」
 お倉やお種が笑えば、お俊も随《つ》いて笑った。この謔語《じょうだん》は、森彦でなければ言えないからであった。
 やがて別れる時が来た。
「三吉さんの許《ところ》へいらっしゃいましたら、俊や鶴のことを宜敷《よろしく》御願い申しますッて、そう仰って下さい……何卒《どうか》……」
 こう力を入れて頼むお倉の言葉を聞て、お種は小泉の家を出た。
 東京を発《た》つ朝は、お種は豊世やお俊やお鶴などに見送られた。豊世は幾度か汽車の窓の下へ来て、涙ぐんだ眼で姑の方を見た。

        十

 一年余旅の状態《ありさま》を続けて、漸《ようや》くお種は弟の家まで辿《たど》り着いた。三吉は遠く名倉の家の方から帰って来て、お雪と共に姉を待受けているところで有った。
「オオ、橋本の姉さん――」
 とお雪は台所から飛んで出て来て、襷《たすき》を除《はず》しながら迎えた。
 奥の部屋へ案内されたお種の周囲《まわり》には、三吉夫婦を始め、子供等がめずらしそうに集った。お種は、狭隘《せせこま》しい都会の中央《まんなか》から、水車の音の聞えるような処へ移って、弟等と一緒に成れたことを喜んだ。彼女は別に汽車にも酔わなかったと言った。
「房《ふう》ちゃん、橋本の伯母さんだが、覚えているかい」と三吉は年長《うえ》の娘に尋た。
「一度汽車の窓で逢《あ》ったぎりじゃ、よく覚えが有るまいテ」と言って、お種はお房の顔を眺《なが》めて、「どうだ、伯母さんのような気がするか」
「皆な大きくなりましたろう」
「菊《きい》ちゃんの大きく成ったには魂消《たまげ》た。姉さんの方と幾許《いくら》も違わない」
 お種
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