い――私は小泉へお嫁に来ましてから、旦那と一緒に暮したなんてことは、貴方の三分一も有りゃしません――留守、留守で、そんなことばかりしてるうちに一生済んで了いました」
染めずにいるお倉の髪は最早|老婦《としより》のように白い。
不幸《ふしあわせ》だ、不幸だと言いながら気の長いお倉の様子は、余計にお種をセカセカさせた。
お種は自分の生家《さと》を探すような眼付をして、四辺《あたり》を眺め廻した。実は留守、お杉は亡くなる、宗蔵は他《よそ》へ預けられている、よく出入した稲垣《いながき》夫婦なぞも遠く成った。僅《わず》かに兄弟の力を頼りに細々と煙を立てる有様である。二間ばかりある住居で、日も碌《ろく》に映《あた》らなかった。それに、幾度か引越した揚句《あげく》のことで、ずっと昔の生家を思出させるような物は殆んどお種の眼に映らない。唯、奥の方の壁に、父の遺筆が紙表具の軸に成って掛っている。そこには、未だそれでも忠寛の精神が残っていて、廃《すた》れ行く小泉の家に対するかのようである……
こういう衰えた空気の中でも、お俊はズンズン成長した。高等女学校程度を卒《お》える程の年頃に成った。
「御蔭様で、俊も、学校の方の成績は始終優等だもんですから、校長先生も大層肩を入れて下さいましてネ」と言って、お倉は娘の方を見て、「お前の描いた画を持って来て、伯母さんにお目にお掛けな」
お俊は幾枚かの模写をそこへ取出して来て、見せた。この娘は自分で模様を描いた帯を〆《しめ》ていた。
「漸《ようや》くこういう色彩《いろ》の入ったものを許されました」とお倉は娘の画をお種に指して見せて、「三吉さんが、画や歌のお稽古《けいこ》は止《や》めて学校だけにさしたら可かろう――なんて言うんですけれど、折角今までやらしたものですから、せめて画の先生だけへは通わせたいと思いますんですよ。俊も好きですから……」
「そうですとも。ここで止めさせるのは惜しいものだ」とお種が言った。
「私もネ、何を倹約しても斯娘《これ》には掛けたいと思いまして……どうして、貴方、この節では母親《おっか》さんの言うことなぞを聞きやしません。何ぞと言うと私の方がやりこめられる位です」
「教育が違いますからネ」
「ええええ、私共の若い時なぞは、今のように学校が有るじゃなし……」
「鶴は?」とお種はお俊の妹のことを聞いてみた。
「御友達
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