》と嫁とは窮屈な二階で一緒に成った。階下《した》に住む夫婦者は小売の店を出して、苦しい、忙しい生活を営みつつある。しかし心易い人達ではあった。
「何にしても、これはエライところだ」とお種はすこし落付いた後で言った。「でも、豊世――伊東で寂しい思をしながら御馳走《ごちそう》を食べるよりかも、ここでお前と一緒にパンでも咬《かじ》る方が、どんなにか私は安気なよ」
伊豆の方で豊世が見た時よりも、余程姑の容子《ようす》に焦々《いらいら》したところが少なく成ったように思われた。で、豊世もすこし安心して、自分の生家《さと》――寺島の母親が丁度上京中であることを言出した。この母は療治に出て来て、病院の方に居るが、最早《もう》間もなく退院するであろうと話し聞かせた。
「あれ、そうかや」とお種は切ないという眼付をした。「私は寺島の母親《おっか》さんには御目に掛れない」
「関《かま》わないようなものですけれど……」と豊世は言ってみた。
「お前は関わないと思っても、私が困る……第一、お前をこんな処に置いて、寺島の母親さんに御目に掛れた義理じゃない……」
その時、お種は自分の留守へ電報を打って寄《よこ》したという人を想《おも》ってみた。無理にも豊世を引戻そうとした人を想ってみた。唯お種は面目ないばかりでは無かった。
「では、私はこうするで……暫時《しばらく》森彦の方へ頼んで置いて貰うで……それから復《ま》たお前と一緒に成らず。どうしても今度はお目に掛れない……そうだ、そうせまいか……お前もまた悪く思ってくれるなや」
と姑に言われて、豊世は反《かえ》って気の毒な思をした。彼女は何もかも打開《ぶちま》けて、話す気に成った。
「母親さん、私も困りましたよ。寺島の母が着いた時は、真実《ほんとう》に無いと言っても無い……葉書一枚買うことも出来ませんでしたよ、母が、国へ安着の報知《しらせ》を出しとくれ、ちょいとコマカイのが無いからお前の方で立替えといとくれッて、言いましても、それを買いに行くことが出来ません。私がマゴマゴしていますと、お前は葉書を買う金銭《おあし》も無いのかッて、母は泣いて了《しま》いました……でも、その時百円出してくれました……それで、まあ漸《やっ》と息を吐《つ》いたんですよ」
「それは困ったろうネ、私の方へも為替《かわせ》が来なく成った。ああ御金の送れないところを見ると、国でも
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