た。
「長津呂の内儀さんで――」
とK君は笑ひながら附添《つけた》した。
其日は晝飯《ひる》を食はずだから、宿へ頼んで、夕飯を早くして貰つた。皆な腹《おなか》が空いて居た。一時は飮食《のみくひ》するより外の考へが無かつた。嫌ひな船に搖られた故か、A君は何となく元氣が無かつた。私がそれを尋ねたら、「ナニ、別に何處も惡かない――たゞ意氣銷沈した。」斯う答へて居た。
日が暮れてから、A君はこゝの繪葉書を買つて來た。「東京へ土産にするやうなものは何物《なんに》も無かつた。」と言つて、その繪葉書を見せた。中に大島の風俗があつた。大島はよく眺めて來て、島の形から三原山の噴煙まで眼前《めのまへ》にある位だから、この婦人の風俗は吾儕の注意を引いた。右を取るといふものが有り、左を取るといふものが有つた。「左は僕の知つてる人に酷《よ》く似てる。」などゝ言つて笑ふものも有つた。禮服、勞働の姿で撮《と》れて居た。K君は二枚分けて貰つた。
それは翌日《あくるひ》東京へ歸るといふ前の晩だつた。吾儕は烈しい、しかしながら樂しい疲勞を覺えた。短い旅の割には可成|種々《いろ/\》な處を見て來たやうな氣もした。皆
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