ほ》きな梨《なし》がなりました。
あの青《あを》い梨《なし》の實《み》のなつた樹《き》の下《した》へは父《とう》さんもよく見《み》に行《い》[#ルビの「い」は底本では「ゆ」]つたものです。
『もう食《た》べてもいゝかい。』
と父さんが梨《なし》の木《き》に聞《き》きに行《ゆ》きますと
『まだ早《はや》い、まだ早《はや》い。』
と梨《なし》の木《き》は言《い》つて、なか/\食《た》べてもいゝとは言《い》ひませんでした。そして、その梨《なし》の實《み》が大《おほ》きくなつて、色《いろ》のつく時分《じぶん》には、丁度《ちやうど》御祝言《ごしふげん》の晩《ばん》の花嫁《はなよめ》さんのやうに、白《しろ》い紙袋《かみぶくろ》をかぶつて了《しま》ひました。これは蜂《はち》が來《き》て梨《なし》をたべるものですから、蜂《はち》をよけるために紙袋《かみぶくろ》をかぶせるのです。お勝手《かつて》の横《よこ》には祖父《おぢい》さんの植《う》ゑた桐《きり》の木《き》がありました。その桐《きり》の木《き》の下《した》は一|面《めん》に桑畑《くはばたけ》でした。お隣《となり》の高《たか》い石垣《いしがき》や白《しろ》い壁《かべ》なぞがそこへ行《ゆ》くとよく見《み》えました。桑《くは》の實《み》の生《な》る時分《じぶん》には父《とう》さんは桑《くは》の木《き》の側《そば》へ行《い》つて
『食《た》べてもいゝかい。』
とたづねますと、桑《くは》の木《き》は見《み》かけによらない優《やさ》しい木《き》でした。
『あゝ、いゝとも。いゝとも。』
と言《い》つて呉《く》れました。父《とう》さんはうれしくて、あの桑《くは》の木《き》に生《な》る紫色《むらさきいろ》の可愛《かあい》い小《ちひ》さな實《み》を枝《えだ》からちぎつて口《くち》に入《い》れました。
土藏《どざう》の前《まへ》には、柿《かき》の木《き》もありました。父《とう》さんはよくその柿《かき》の木《き》の下《した》へ行《い》つて遊《あそ》びました。柿《かき》の木《き》はまた梨《なし》や桐《きり》の木《き》とちがつて、にぎやかな木《き》で、父《とう》さんが遊《あそ》びに行《ゆ》く度《たび》に何《なに》かしら集《あつ》めたいやうなものが木《き》の下《した》に落《お》ちて居《ゐ》ました。柿《かき》の花《はな》の咲《さ》く時分《じぶん》に行《ゆ》くと、あの甘《あま》い香《にほ》ひのする小《ちひ》さな花《はな》が一ぱい落《お》ちて居《ゐ》ます。實《み》の生《な》る時分《じぶん》に行《ゆ》くと、あの蔕《へた》のついた青《あを》い小《ちひ》さな柿《かき》が澤山《たくさん》落《お》ちて居《ゐ》ます。そろ/\木《き》の葉《は》の落《お》ちる時分《じぶん》に行《ゆ》くと大《おほ》きな色《いろ》のついた柿《かき》の葉《は》がそこにもこゝにも落《お》ちて居《ゐ》ます。父《とう》さんはそれを拾集《ひろひあつ》めるのが樂《たのし》みでした。それに他《ほか》のお家《うち》の柿《かき》の木《き》へは登《のぼ》らうと思《おも》つても登《のぼ》れませんでしたが、自分《じぶん》のお家《うち》の柿《かき》の木《き》ばかりは惡《わる》い顏《かほ》もせずに登《のぼ》らせて呉《く》れました。父《とう》さんは枝《えだ》から枝《えだ》をつたつて登《のぼ》つて、時《とき》にゆすつたりしても柿《かき》の木《き》は怒《おこ》りもしないのみか、『もつと遊《あそ》んでお出《いで》。もつと遊《あそ》んでお出《いで》。』
と父《とう》さんに言《い》ひました。

   一七 鳥獸《とりけもの》もお友達《ともだち》

山《やま》の中《なか》に育《そだ》つた父《とう》さんは、いろいろな木《き》をお友達《ともだち》のやうに思《おも》つて大《おほ》きくなつたばかりではありません。お前達《まへたち》の好《す》きなお伽話《とぎばなし》の本《ほん》や雜誌《ざつし》の中《なか》に出《で》て來《く》るやうな、鳥《とり》や獸《けもの》まで幼少《ちひさ》い時分《じぶん》の父《とう》さんにはお友達《ともだち》でした。
お家《うち》にはおいしい玉子《たまご》を御馳走《ごちそう》して呉《く》れる鷄《にはとり》が飼《か》つてありました。父《とう》さんが裏庭《うらには》に出《で》て、桐《きり》の木《き》の下《した》あたりを歩《ある》き廻《まは》つて居《ゐ》ますと、その邊《へん》には鷄《にはとり》も遊《あそ》んで居《ゐ》ました。
『コツ、コツ、コツ。』
と鷄《にはとり》は父《とう》さんを見《み》かける度《たび》に挨拶《あいさつ》します。時《とき》には鷄《にはとり》はお友達《ともだち》のしるしにと言《い》つて、白《しろ》い羽《はね》や茶色《ちやいろ》な羽《はね》の拔《ぬ》けたのを父《とう》さんに置《お》
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