ゐ》る蜂《はち》が庭《には》なぞへ飛《と》んで來《き》て花《はな》の蕋《しべ》を出《で》たり入《はい》つたりするのを見《み》かけるでせう。それからあの黄色《きいろ》い蓋《ふた》のしてある蜂《はち》の巣《す》の見事《みごと》に出來《でき》たのを見《み》かけることも有《あ》るでせう。蜂《はち》は汚《きたな》いものでは有《あ》りません。もしお前達《まへたち》が木曾《きそ》でいふ『蜂《はち》の子《こ》』を食《た》べ慣《な》れて、あたゝかい御飯《ごはん》の上《うへ》にのせて食《た》べる時《とき》の味《あぢ》を覺《おぼ》えたら、
『父《とう》さん、こんなにおいしものですか。』
と言《い》ふやうに成《な》るでせう。
ある日《ひ》、友伯父《ともをじ》さんは裏《うら》の木小屋《きごや》の近《ちか》くにある古《ふる》い池《いけ》で蛙《かへる》をつかまへました。土地《とち》のものが地蜂《ぢばち》の巣《す》を見《み》つけるには、先《ま》づ蛙《かへる》の肉《にく》を餌《え》にします。それを友伯父《ともをぢ》さんはよく知《し》つて居《ゐ》ましたから、細《ほそ》い竿《さを》の先《さき》に蛙《かへる》の肉《にく》を差《さ》し、飛《と》んで來《く》る蜂《はち》の眼《め》につきさうな塲處《ばしよ》に立てゝ、別《べつ》に餌《え》にする小《ちひ》さな肉《にく》には紙《かみ》の片《きれ》をしばりつけて出《だ》して置《お》きました。丁度《ちやうど》釣《つり》をするものが魚《さかな》を待《ま》つて居《ゐ》るやうに、友伯父《ともをぢ》さんは蜂《はち》の來《く》るのを待《ま》つて居《ゐ》ました。蛙《かへる》の肉《にく》を食《た》べに來《き》た蜂《はち》は餌《え》をくはへて巣《す》の方《はう》へ飛《と》んで行《い》きますが、その小《ちひ》さな蛙《かへる》の肉《にく》についた紙《かみ》の片《きれ》で巣《す》の行衛《ゆくゑ》を見定《みさだ》めるのです。斯《か》うして友伯父《ともをぢ》さんは近所《きんじよ》の子供達《こどもたち》と一|緒《しよ》に、ある地蜂《ぢばち》の巣《す》を見《み》つけたことが有《あ》りました。地蜂《ぢばち》の巣《す》を取《と》りに行《ゆ》くものは、巣《す》の出入口《でいりぐち》へ火藥《くわやく》を打《う》ち込《こ》んで、澤山《たくさん》な親蜂《おやばち》が眼《め》を廻《まは》して居《ゐ》る間《ま》に獲物《えもの》を手《て》に入《い》れるのだと聞《き》きました。そして巣《す》を持《も》つて逃《に》げ歸《かへ》るのだと聞《き》きました。どうかすると蘇生《いきかへ》つた蜂《はち》に追《お》はれて刺《さ》されたといふ人《ひと》の話《はなし》も聞《き》きました。さうなると鐵砲《てつぱう》をかついで獸《けもの》を打《う》ちに行《ゆ》くも同《おな》じやうなものです。
四五 青《あを》い柿《かき》
『もうお前《まへ》さんはそんなに赤《あか》くなつたのですか。』
とまだ青《あを》くて居《ゐ》る柿《かき》が、お隣《とな》りの柿《かき》に言《い》ひました。この青《あを》い柿《かき》と、赤《あか》い柿《かき》とは、お百姓《ひやくしやう》の家《うち》の庭《には》にある二|本《ほん》の柿《かき》の木《き》の枝《えだ》に生《な》つて居《ゐ》ました。
赤《あか》い柿《かき》は青《あを》い柿《かき》を慰《なぐさ》めようと思《おも》ひまして、
『さう、力《ちから》を落《おと》すものでは有《あ》りません。お前《まへ》さんだつても今《いま》に、私《わたし》のやうに好《い》い色《いろ》がつきますよ。』
と言《い》ひましたら、青《あを》い柿《かき》は首《くび》を振《ふ》りまして、
『いえ、あのお猿《さる》さんが蟹《かに》にぶつけたのも、きつと私《わたし》のやうな澁《しぶ》い柿《かき》で、自分《じぶん》で取《と》つて食《た》べたといふのはお前《まへ》さんのやうな甘《あま》い柿《かき》ですよ。』
と力《ちから》を落《おと》したやうに言《い》ひました。
お百姓《ひやくしやう》は庭《には》へ見廻《みまは》りに來《き》まして、赤《あか》い柿《かき》を大《おほ》きな笊《ざる》に入《い》れて持《も》つて行《い》つてしまひました。その木《き》の枝《えだ》の高《たか》い上《うへ》の方《はう》には、たつた一つだけ柿《かき》の赤《あか》いのが殘《のこ》つて居《ゐ》ました。殘《のこ》つた赤《あか》い柿《かき》が高《たか》いところからお隣《とな》りの柿《かき》を見《み》ますと、まだ一つも色《いろ》のついたのが有《あ》りませんでしたから、
『どうしてお前《まへ》さんは、そんなに愚圖々々《ぐづ/\》して居《ゐ》るんですか。』
と尋《たづ》ねました。さう言《い》はれると、青《あを》い柿《かき》はまた力《ちから》を落《おと》した
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