う。

   三二 翫具《おもちや》は野《の》にも畠《はたけ》にも

父《とう》さんの幼少《ちひさ》い時《とき》のやうに山《やま》の中《なか》に育《そだ》つた子供《こども》は、めつたに翫具《おもちや》を買《か》ふことが出來《でき》ません。假令《たとへ》、欲《ほ》しいと思《おも》ひましても、それを賣《う》る店《みせ》が村《むら》にはありませんでした。
翫具《おもちや》が欲《ほ》しくなりますと、父《とう》さんは裏《うら》の竹籔《たけやぶ》の竹《たけ》や、麥畠《むぎばたけ》に乾《ほ》してある麥藁《むぎわら》や、それから爺《ぢい》やが野菜《やさい》の畠《はたけ》の方《はう》から持《も》つて來《く》る茄子《なす》だの南瓜《たうなす》だのゝ中《なか》へよく探《さが》しに行《ゆ》きました。
爺《ぢい》やが畠《はたけ》から持《も》つて來《く》る茄子《なす》は、父《とう》さんに蔕《へた》を呉《く》れました。その茄子《なす》の蔕《へた》を兩足《りやうあし》の親指《おやゆび》の間《あひだ》にはさみまして、爪先《つまさき》を立《た》てゝ歩《ある》きますと、丁度《ちやうど》小《ちひ》さな沓《くつ》をはいたやうで、嬉《うれ》しく思《おも》ひました。
南瓜《たうなす》も父《とう》さんに、蔕《へた》を呉《く》れました。
『御覽《ごらん》、私《わたし》の蔕《へた》の堅《かた》いこと。まるで竹《たけ》の根《ね》のやうです。これをお前《まへ》さんの兄《にい》さんのところへ持《も》つて行《い》つて、この裏《うら》の平《たひ》らなところへ何《なに》か彫《ほ》つてお貰《もら》ひなさい。それが出來《でき》たら、紙《かみ》の上《うへ》へ押《お》して御覽《ごらん》なさい。面白《おもしろ》い印行《いんぎやう》が出來《でき》ますよ。』
と南瓜《たうなす》が教《をし》へて呉《く》れました。
裏《うら》の竹籔《たけやぶ》の竹《たけ》は父《とう》さんに竹《たけ》の子《こ》を呉《く》れました。それで竹《たけ》の子《こ》の手桶《てをけ》を造《つく》れ、と言《い》つて呉れ《く》ました。
『こいつも、おまけだ。』
と細《ほそ》く竹《たけ》の割《わ》つたのまで呉《く》れてよこしました。その細《ほそ》い竹《たけ》を削《けづ》りまして、竹《たけ》の子《こ》の手桶《てをけ》に差《さ》しますと、それで提《さ》げられるやうに成《な》るのです。水
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