」は底本では「榎木」]の名所《めいしよ》ですから、あの木《き》を薄《うす》い板《いた》に削《けづ》りまして、笠《かさ》に編《あ》んで冠《かぶ》ります。その笠《かさ》の新《あたら》しいのは、好《い》い檜木《ひのき》の香氣《にほひ》がします。木曾《きそ》の檜木《ひのき》は[#「は」は底本では「を」]材木《ざいもく》として立派《りつぱ》なばかりでなく、赤味《あかみ》のある厚《あつ》い木《き》の皮《かは》は屋根板《やねいた》の代《かは》りにもなります。まあ、あの一ト擁《かゝ》へも二擁《ふたかゝ》へもあるやうな檜木《ひのき》の側《そば》へ、お前達《まへたち》を連《つ》れて行《い》つて見《み》せたい。

   二六 ふるさとの言葉《ことば》

山《やま》や林《はやし》は父《とう》さんのふるさとですと、お前達《まへたち》にお話《はなし》しましたらう。山《やま》や林《はやし》ばかりでなく、言葉《ことば》も父《とう》さんのふるさとです。邊鄙《へんぴ》な山《やま》の中《なか》の村《むら》ですから、言葉《ことば》のなまりも鄙《ひな》びては居《ゐ》ますが、人《ひと》の名前《なまへ》の呼《よ》び方《かた》からして馬籠《まごめ》は馬籠《まごめ》らしいところが有《あ》ります。たとへば、末子《すゑこ》のやうなちひさな女《をんな》の子《こ》を呼《よ》ぶにも、
『末《すゑ》さま。』
と言《い》つたり、もつと親《した》しい間柄《あひだがら》で呼《よ》ぶ時《とき》には、
『末《すゑ》さ』
と言《い》つたりしまして、鄙《ひな》びた言葉《ことば》の中《なか》にも何處《どこ》か優《やさ》しいところが無《な》いでもありません。
父《とう》さんの田舍《ゐなか》には『どうねき』などといふ言葉《ことば》もあります。もう仕末《しまつ》におへないやうな人《ひと》のことを『どうねき』と言《い》ひます。こんな言葉《ことば》は木曾《きそ》にだけ有《あ》つて、他《ほか》の土地《とち》には無《な》いのだらうかと思《おも》ひます。それから、『わやく』といふやうな言葉《ことば》もあります。『いたずらな子供《こども》』といふところを『わやくな子供《こども》』などゝ言《い》ひます。
ふるさとの言葉《ことば》はこひしい。それを聞《き》くと、父《とう》さんは自分《じぶん》の子供《こども》の時分《じぶん》に歸《かへ》つて行《ゆ》くやうな氣《き》が
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