だ》だけ出《だ》しまして、頭《あたま》も尻尾《しつぽ》も隱《かく》しながら日向《ひなた》ぼつこをして居《ゐ》るのを見《み》かけました。
この土藏《どざう》について石段《いしだん》を降《お》りて行《ゆ》きますと、お家《うち》の木小屋《きごや》がありました。木小屋《きごや》の前《まへ》には池《いけ》があつて石垣《いしがき》の横《よこ》に咲《さ》いて居《ゐ》る雪《ゆき》の下《した》や、そこいらに遊《あそ》んで居《ゐ》る蜂《はち》や蛙《かへる》なぞが、父《とう》さんの遊《あそ》びに行《ゆ》くのを待《ま》つて居《ゐ》ました。裏木戸《うらきど》の外《そと》へ出《で》て見《み》ますと、そこにはまたお稻荷《いなり》さまの赤《あか》い小《ちひ》さな社《やしろ》の側《そば》に大《おほ》きな栗《くり》の木《き》が立《た》つて居《ゐ》ました。風《かぜ》でも吹《ふ》いて栗《くり》の枝《えだ》の搖《ゆ》れるやうな朝《あさ》に父《とう》さんがお家《うち》から馳出《かけだ》して行《い》つて見《み》ますと『誰《たれ》も來《こ》ないうちに早《はや》くお拾《ひろ》ひ。』と栗《くり》の木《き》が言《い》つて、三つづゝ一|組《くみ》になつた栗《くり》の實《み》の毬《いが》と一|緒《しよ》に落《お》ちたのを父《とう》さんに拾《ひろ》はせて呉《く》れました。高《たか》いところを見《み》ると、ワンと口《くち》を開《あ》いた栗《くり》の毬《いが》が枝《えだ》の上《うへ》から父《とう》さんの方《はう》を笑《わら》つて見《み》て居《ゐ》まして、わざと落《お》ちた栗《くり》の在《あ》る塲所《ばしよ》も教《をし》へずに、父《とう》さんに探《さが》し廻《まは》らせては悦《よろこ》んで居《を》りました。
『あんなところに落《お》ちて居《ゐ》るのが、あれが見《み》えないのかナア。』とは栗《くり》の毬《いが》がよく父《とう》さんに言《い》ふことでした。栗《くり》の木《き》は花《はな》からして提灯《ちやうちん》をぶらさげたやうに滑稽《こつけい》な木《き》でしたし、どうかすると青《あを》い栗虫《くりむし》なぞを落《おと》してよこして、人《ひと》をびつくりさせることの好《す》きな木《き》でしたが、でも父《とう》さんの好《す》きな木《き》でした。
一八 榎木《えのき》の實《み》
お家《うち》の裏《うら》にある榎木《えのき》の實《
前へ
次へ
全86ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング