》けました。この馬《うま》は背中《せなか》に荷物《にもつ》をつけて父《とう》さんのお家《うち》へ來《き》たこともある馬《うま》でした。
やがて父《とう》さんは伯父《をぢ》さんの後《あと》に附《つ》いて、めづらしい初旅《はつたび》に上《のぼ》りました。父《とう》さんが歩《ある》いて行《ゆ》く道《みち》を木曽路《きそぢ》とも、木曾街道《きそかいだう》ともいふ道《みち》でした。
六一 初旅《はつたび》
『もし/\、お前《まへ》さんの草履《ざうり》の紐《ひも》が解《と》けて居《ゐ》ますよ。』
と路《みち》ばたに咲《さ》いて居《ゐ》た龍膽《りんだう》の花《はな》が父《とう》さんに聲《こゑ》を掛《か》けて呉《く》れました。龍膽《りんだう》は桔梗《ききやう》に似《に》た小《ちい》さな草花《くさばな》で、よく山道《やまみち》なぞに咲《さ》いて居《ゐ》るのを見《み》かけるものです。
父《とう》さんがその小《ちい》さな紫《むらさき》いろの花《はな》の前《まへ》で自分《じぶん》の草履《ざうり》の紐《ひも》を結《むす》ばうとして居《を》りますと、伯父《をぢ》さんは父《とう》さんの側《そば》へ來《き》て、腰《こし》を曲《こゞ》めて手傳《てつだ》つて呉《く》れました。慣《な》れない旅《たび》ですから、おまけに馬籠《まごめ》から隣村《となりむら》の妻籠《つまご》へ行《ゆ》く二|里《り》の間《あひだ》は石《いし》ころの多《おほ》い山道《やまみち》ですから、父《とう》さんの草履《ざうり》の紐《ひも》はよく解《と》けました。その度《たび》に伯父《をぢ》さんが足《あし》をとめては紐《ひも》を結《むす》んで呉《く》れました。
六二 木曽川《きそがは》
隣村《となりむら》の妻籠《つまご》には、お前達《まへたち》の祖母《おばあ》[#「祖母」は底本では「祖毎」]さんの生《うま》れたお家《うち》がありました。妻籠《つまご》の祖父《おぢい》さんといふ人もまだ達者《たつしや》な時分《じぶん》で、父《とう》さん達《たち》をよろこんで迎《むか》へて呉《く》れました。そこで、初《はじめ》の日《ひ》は妻籠《つまご》に泊《とま》りまして翌朝《よくあさ》また伯父《をぢ》[#ルビの「をぢ」は底本では「おぢ」]さんに連《つ》れられて出掛《でか》けました。
妻籠《つまご》の吾妻橋《あづまばし》といふ橋《はし》の手前
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