も草臥《くたぶ》れるといふことを知《し》りません。ごろ/\ごろ/\石臼《いしうす》が言《い》ふのは、あれは好《い》い心持《こゝろもち》だからです。もつと、もつと、と唄《うた》を催促《さいそく》して居《ゐ》るのです。
そのかはり、すこし手《て》でもゆるめてやつて御覽《ごらん》なさい。居眠《ゐねむ》りの好《す》きな石臼《いしうす》は何時《いつ》の間《ま》にか動《うご》かなくなつて居《ゐ》ます。そして何時《いつ》までゞも居眠《ゐねむ》りをして居《ゐ》ます。
父《とう》さんのお家《うち》の石臼《いしうす》は青豆《あをまめ》を挽《ひ》くのが自慢《じまん》でした。それを黄粉《きなこ》にして、家中《うちぢう》のものに御馳走《ごちさう》するのが自慢《じまん》でした。山家育《やまがそだ》ちの石臼《いしうす》は爐邊《ろばた》で夜業《よなべ》をするのが好《す》きで、皸《ひゞ》や『あかぎれ』の切《き》れた手《て》も厭《いと》はずに働《はたら》くものゝ好《よ》いお友達《ともだち》でした。

   五四 冬《ふゆ》の贈《おく》り物《もの》

峠《たうげ》の上《うへ》から村《むら》の小學校《せうがくかう》へ通《かよ》ふ生徒《せいと》がありました。近《ちか》いところから通《かよ》ふ他《ほか》の生徒《せいと》と違《ちが》ひまして、子供《こども》の足《あし》で毎日《まいにち》峠《たうげ》の上《うへ》から通《かよ》ふのはなか/\骨《ほね》が折《お》れました。でも、この生徒《せいと》は家《うち》から學校《がくかう》まで歩《ある》いて行《ゆ》く路《みち》が好《す》きで、降《ふ》つても照《て》つても通《かよ》ひました。
寒《さむ》い、寒《さむ》い日《ひ》に、この生徒《せいと》が遠路《とほみち》を通《かよ》つて行《ゆ》きますと、途中《とちう》で知《し》らないお婆《ばあ》さんに逢《あ》ひました。
『生徒《せいと》さん、今日《こんち》は。』
とそのお婆《ばあ》さんが聲《こゑ》を掛《か》けました。お婆《ばあ》さんは通《とほ》り過《す》ぎて行《い》つてしまはないで、
『生徒《せいと》さん、今日《けふ》も學校《がくかう》ですか。この寒《さむ》いのに、よくお通《かよ》ひですね。毎日々々《まいにち/\》さうして精出《せいだ》して下《くだ》さると、このお婆《ばあ》さんも御褒美《ごほうび》をあげますよ。』
と言《い》ひました。

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