ここは根岸の病院じゃありませんか。あなたが一度いらしったところじゃ有りませんか」
おげんは中年の看護婦と言葉をかわして見て、電気にでも打たれるような身ぶるいが全身を通り過ぎるのを覚えた。
翌朝になると、おげんは多勢の女の患者ばかりごちゃごちゃと集まって臥《ね》たり起きたりする病院の大広間に来ていた。夢であってくれればいいと思われるような、異様な感じを誘う年とった婦人や若い婦人がそこにもここにもごろごろして思い思いの世界をつくっていた。その時になって見て、おげんはあの小石川の養生園から誘い出されたことも、自分をここの玄関先まで案内して来た姪のお玉が何時の間にか姿を隠したことも、一層はっきりとその意味を読んだ。
「しまった」
とおげんは心に叫んだが、この時は最早追付かなかった。
見ず知らずの人達と一緒ではあるが患者同志が集団として暮して行くこと、旧《ふる》い馴染《なじみ》の看護婦が二人までもまだ勤めていること、それに一度入院して全快した経験のあること――それらが一緒になって、おげんはこの病院に移った翌日から何となく別な心地《こころもち》を起した。勝手を知ったおげんは馴染も薄い患者ば
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