々の間を歩いて行くと、またその先に別の長い廊下が続いていた。ずんずん歩いて行けば行くほど、何となく見覚えのある家の内だ。その廊下を曲ろうとする角のところに、大きな鋸《のこぎり》だの、厳《いか》めしい鉄の槌《つち》だの、その他、一度見たものには忘れられないような赤く錆《さ》びた刃物の類が飾ってある壁の側あたりまで行って、おげんはハッとした。
 弟の家の婆やとばかり思っていた婦人の顔は、よく見ればずっと以前に根岸の精神病院で世話になったことのある年とった看護婦の顔であった。一緒に俥で来たと思ったお玉も何処へか消えた。
「何だか狐にでもつままれたような気がする」
 とおげんは歩きながら独《ひと》りでそう言って見た。
「小山さん、しばらく」
 と言っておげんの側へ飛んで来たのは、まがいのない白い制服を着けた中年の看護婦であった。そこまで案内した年とった婦人は、その看護婦におげんを引渡して置いて、玄関の方へ引返して行った。そこの廊下でおげんが見つけるものは、壁でも、柱でも、桟橋でも、皆覚えのあるものばかりであった。
「ここは何処だらず。一体、俺は何処へ来ているのだずら」
「小山さんも覚えが悪い。
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