この想像から、おげんはいいあらわし難い恐怖を誘われた。
「小山さん、弟さんですよ」
 と、ある日、看護婦が熊吉を案内して来た。おげんは待ち暮らした弟を、自分の部屋に見ることが出来た。
「今日は江戸川の終点までやって来ましたら、あの電車を降りたところに私の顔を知った車夫が居ましてね、しきりに乗れ、乗れって勧めましたっけ。今日はここまで歩きました」
 こう熊吉は言って、姉の見舞に提《さ》げて来たという菓子折をそこへ取出した。
「静かなところじゃ有りませんか。」
 とまた弟は姉のために見立てた養生園がさも自分でも気に入ったように言って見せた。
「どれ、何の土産《みやげ》をくれるか、一つ拝見せず」
 とおげんは新しい菓子折を膝《ひざ》に載せて、蓋《ふた》を取って見た。病室で楽しめるようにと弟の見立てて来たらしい種々な干菓子がそこへ出て来た。この病室に置いて見ると、そんな菓子の中にも陰と陽とがあった。おげんはそれを見て、笑いながら、
「こないだ、お玉が見舞に来てくれた時のお菓子が残っているで、これは俺がまた後で、看護婦さんにも少しずつ分けてやるわい」
 お玉とは、おげんが一番目の弟の宗太の娘の名
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