た。遠く青白く流れているような天の川も、星のすがたも、よくはおげんの眼に映らなかった。弟の仕事部屋に上って見ると、姉弟二人の寝道具が運ばさせてあって、おげんの分だけが寝るばかりに用意してあった。おげんは寝衣《ねまき》を着かえるが早いか、いきなりそこへ身を投げるようにして、その日あった出来事を思い出して見ては深い溜息を吐《つ》いた。
「熊吉――この俺が何と見える」
 とおげんは床の上に座り直して言った。熊吉は机の前に坐りながら姉の方を見て、
「姉さんのようにそう昂奮しても仕方がないでしょう。それよりはゆっくりお休みなさい」
「うんにゃ。この俺が何と見えるッて、それをお前に聞いているところだ。みんな寄ってたかって俺を気違い扱いにして」
 急に涙がおげんの胸に迫って来た。彼女は、老い痩《や》せた手でそこにあった坊主枕を力まかせに打った。
「憚《はばか》りながら――」とおげんはまた独《ひと》りでやりだした。「御霊さまが居て、この年寄を守っていてくださるよ。そんな皆の思うようなものとは違うよ。たいもない。御霊さまはお新という娘をも守っていて下さる。この母が側に附いていてもいなくても、守っていて下
前へ 次へ
全70ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング