自分の部屋を掃除するやら、障子をばたばた言わせるやら。そんなに早く起きられては若いものが堪《たま》らんなんて、よく家の人に言われる。わたしは隣りの部屋でも、知らん顔をして寝ているわいなし――ええええ、知らん顔をして」
 お新はこんな話をするにも面長な顔を婆やの方へ近く寄せて言った。
 そこへ小さな甥の三吉が飛んでやって来た。前の日にこの医院へ来たばかりで種々《いろいろ》な眼についたものを一々おげんのところへ知らせに来るのも、この子供だ。蜂谷の庭に続いた桑畠を一丁も行けば木曽川で、そこには小山の家の近くで泳いだよりはずっと静かな水が流れていることなぞを知らせに来るのも、この子供だ。
「桑畠の向うの方が焼けていたで。俺がなあ、真黒に焼けた跡を今見て来たぞい」
 こんなことを三吉が言出すと、お新は思わずその話に釣り込まれたという風で、
「ほんとに、昨日のようにびっくりしたことはない。お母さんがあんな危ないことをするんだもの。炭俵に火なぞをつけて、あんな垣根の方へ投《ほう》ってやるんだもの。わたしは、はらはらして見ていたぞい――ほんとだぞい」
 お新はもう眼に一ぱい涙を溜《た》めていた。その力
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