よめ》としばらく一緒に暮した月日のことを思出した。その時は伜が側に居なかったばかりでなく、娵まで自分を置いて伜の方へ一緒になりに行こうとする時であった。
「俺はツマラんよ」と彼女の方でそれを娵に言って見せて、別れて行く人の枕許でさんざん泣いたこともあった。
「お母さん、そんなにぶらぶらしていらっしゃらないで、ほんとうにお医者さまに診《み》て貰ったらどうです」と別れ際《ぎわ》に慰めてくれたのもあの娵だった。どうも自分の身体の具合が好くないと思い思いして、幾度となく温泉地行なぞを思い立ったのも、もうあの頃からだ。けれども彼女が根本からの治療を受けるために自分の身体を医者に診せることだけは避け避けしたのは、旦那の恥を明るみへ持出すに忍びなかったからで。見ず知らずの女達から旦那を通して伝染させられたような病毒のために、いつか自分の命の根まで噛《か》まれる日の来まいものでもない、とは考えたばかりでも恐ろしいことであった。
「蛙《かわず》が鳴いとる」
 と言って、三吉はおげんの側へ寄った。何時《いつ》の間に屋外《そと》へ飛出して行って、何時の間に帰って来ているかと思われるようなのは、この遊びに夢中
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