っても、旅人のように極少なかった。養子はそれを始末しながら、
「よくそれでも、こんなところに辛抱したものだ」
と言った。宗太も思出したように、
「姉さんも、俺が一度訪ねて来た時は大分落着いていて、この分ならもうそろそろ病院から出してあげてもいいと思ったよ。惜しいことをした」
「そう言えば熊叔父さんはどうしましたろう」とお玉の旦那が言出した。
「あれのところには通知の行くのが遅かったからね」
と言って見せて、宗太は一つある部屋の窓の方へ立って行った。何もかもひっそりと沈まりかえって、音一つその窓のところへ伝わって来なかった。
「もうそろそろ夜が明けそうなものですなあ」
とお玉の旦那も宗太の方へ立って行って、一緒に窓の戸を開けて見た。根岸の空はまだ暗かった。
底本:「嵐・ある女の生涯」新潮文庫、新潮社
1969(昭和44)年2月10日発行
1990(平成2)年11月15日30刷
入力:岳野義男
校正:林 幸雄
2008年4月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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