て行くうちに、汽車の中で日が暮れた。
 おげんは養子の兄に助けられながら、その翌日久し振で東京に近い空を望んだ。新宿から品川行に乗換えて、あの停車場で降りてからも弟達の居るところまでは、別な車で坂道を上らなければならなかった。おげんはとぼとぼとした車夫の歩みを辻車の上から眺《なが》めながら、右に曲り左に曲りして登って行く坂道を半分夢のように辿《たど》った。
 弟達――二番目の直次と三番目の熊吉とは同じ住居でおげんの上京を迎えてくれた。おげんが心あてにして訪ねて行った熊吉はまだ外国の旅から帰ったばかりで、しばらく直次の家に同居する時であった。直次の家族は年寄から子供まで入れて六人もあった上に、熊吉の子供が二人も一緒に居たから、おげんは同行の養子の兄と共に可成《かなり》賑《にぎや》かなごちゃごちゃとしたところへ着いた。入れ替り立ち替りそこへ挨拶に来る親戚に逢って見ると、直次の養母はまだ達者で、頭の禿《はげ》もつやつやとしていて、腰もそんなに曲っているとは見えなかった。このおばあさんに続いて、襷《たすき》をはずしながら挨拶に来る直次の連合《つれあい》のおさだ、直次の娘なぞの後から、小さな甥が四人もおげんのところへ御辞儀に来た。
「どうも太郎や次郎の大きくなったのには、たまげた。三吉もよくお前さん達の噂《うわさ》をしていますよ。あれも大きくなりましたよ」
 とおげんは熊吉の子供に言って、それから弟の居るところへ一緒に成った。
 しばらく逢《あ》わずにいるうちに直次もめっきり年をとった。おげんは熊吉を見るのも何年振りかと思った。
「姉さんの旦那さんが亡くなったことも、私は旅にいて知りました。」
 と熊吉は思出し顔に言ったが、そういう弟は五十五日も船に乗りつづけて遠いところから帰って来た人で、真黒に日に焼けていた。
「ほんとに、小山の姉さんはお若い。もっとわたしはお年寄になっていらっしゃるかと思った」
 とそこへ来て言って、いろいろともてなしてくれるのは直次の連合であった。このおさだの言うことはお世辞にしても、おげんには嬉しかった。四人の小さな甥達はめずらしいおばあさんを迎えたという顔付で、かわるがわるそこへ覗《のぞ》きに来た。
 おげんが養子の兄は無事に自分の役目を果したという顔付で、おげんの容体などを弟達に話して置いて間もなく直次の家を辞して行った。その晩から、おげんは直次
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