のどをうるほす露あらず、
悲しやはらばふ身にしあれば
あつさこよなう堪へがたし。
受けゝる手きずのいたみも
たゝかふごとになやみを増しぬ。
今は拂ふに由もなし、
爲すまゝにせよ、させて見む、
小兵奴らわが背にむらがり登れかし。
得たりと敵は馳せ登り、
たちまちに背を葢ふほど;
くるしや許せと叫ぶとすれど、
聲なき身をばいかにせむ、
せむ術なくてたふれしまゝ。
おどろきあきれて手を差し伸れば
パツと散り行く百千の蟻;
はや事果しかあはれなる、
先に聞し物語に心奪はれて、
救ひ得させず死なしけり。
ねむごろに土かきあげ、
塵にかへれとはうむりぬ。
うらむなよ、凡そ生とし生けるもの
いづれ塵にかへらざらん、
高きも卑きもこれを免《のが》れじ。
起き上ればこのかなしさを見ぬ振に、
前にも増せる花の色香;
汝《いまし》もいつしか散りざらむ、
散るときに思ひ合せよこの世には
いづれ絶えせぬ命ならめや。
[#改ページ]
一點星
眠りては覺め覺めては眠る秋の床、
結びては消え消えては結ぶ夢の跡。
油や盡きし燈火の見る見る暗に成り行くに、
なかなかに細りは行かぬ胸の思ぞあやしけれ。
罪なしと知れどもにくき枕をば、
かたへに抛《な》げて膝を立つれど、
千々に亂るゝ麻糸の思ひを消さむ由はなし。
今見し夢を繰り回へし、
うらなふ行手の浪高く、
迷ひそめにし戀の港は何所なるらむ。
立出て※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]《まど》をひらけば外《と》の方は、
ゆきゝいそがし暴風雨を誘《さそ》ふ雲の足、
あめつちの境もわかで黒みわたるぞ物凄き。
しばし呆れて眺むれば、
頭《かしら》の上にうすらぐ雲の絶間より、
あらはるゝ心あり氣の星一つ。
たちまちに晴るゝ思ひに憂さも散りぬ。
人は眠り世は靜かなる小夜中に、
音づるゝ君はわが戀ふ人の姿にぞありける。
[#改ページ]
孤飛蝶
つれなき蝶のわびしげなる。いつしか夏も夕影《ゆふかげ》の、葉風すゞしき庭面《にはおも》にかろく、浮きたるそのすがた。黒地《くろぢ》に斑《まだら》しろかねの、雙葉《もろは》を風にうちまかせ花ある方《かた》をたづね顏。
春の野に迷ひ出でたはつい昨日《きのふ》、旭日《あさひ》にうつる菜の花に、うかるゝともなく迷ふともなく、廣野《ひろの》を狹《せ》まく今日《け
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