越え來し方に越えて行く。
花の野山に舞ひし身は、
  花なき野邊も元の宿。


前もなければ後もまた、
 「運命《かみ》」の外には「我」もなし。
ひら/\/\と舞ひ行くは、
  夢とまことの中間《なかば》なり。
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  眠れる蝶


けさ立ちそめし秋風に、
  「自然《しぜん》」のいろはかはりけり。
高梢《たかえ》に蝉の聲細く、
茂草《しげみ》に蟲の歌悲し。
林には、
  鵯《ひよ》のこゑさへうらがれて、
野面には、
  千草の花もうれひあり。
あはれ、あはれ、蝶一羽、
  破れし花に眠れるよ。


早やも來ぬ、早やも來ぬ秋、
  萬物《ものみな》秋となりにけり。
蟻はおどろきて穴《あな》索《もと》め、
蛇はうなづきて洞《ほら》に入る。
田つくりは、
  あしたの星に稻を刈り、
山樵《やまがつ》は、
  月に嘯むきて冬に備ふ。
蝶よ、いましのみ、蝶よ、
  破れし花に眠るはいかに。


破れし花も宿|假《か》れば、
  運命《かみ》のそなへし床《とこ》なるを。
春のはじめに迷ひ出で、
秋の今日まで醉ひ醉ひて、
あしたには、
  千よろづの花の露に厭き、
ゆふべには、
  夢なき夢の數を經ぬ。
只だ此のまゝに『寂《じやく》』として、
  花もろともに滅《き》えばやな。
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  雙蝶のわかれ


ひとつの枝に雙《ふた》つの蝶、
羽を收めてやすらへり。

露の重荷に下垂るゝ、
  草は思ひに沈むめり。
秋の無情に身を責むる、
  花は愁ひに色褪めぬ。

言はず語らぬ蝶ふたつ、
齊しく起ちて舞ひ行けり。

うしろを見れば野は寂《さび》し、
  前に向へば風|冷《さむ》し。
過ぎにし春は夢なれど、
  迷ひ行衛は何處ぞや。

同じ恨みの蝶ふたつ、
重げに見ゆる四《よつ》の翼《はね》。

雙び飛びてもひえわたる、
  秋のつるぎの怖ろしや。
雄《を》も雌《め》も共にたゆたひて、
  もと來し方へ悄れ行く。

もとの一枝《ひとえ》をまたの宿、
暫しと憇ふ蝶ふたつ。

夕《ゆふ》告《つ》げわたる鐘の音に、
  おどろきて立つ蝶ふたつ。
こたびは別れて西ひがし、
  振りかへりつゝ去りにけり。
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  露のいのち


待ちやれ待ちやれ、その手は元へもどしやんせ。無殘な事をなされまい。その手の指の先にても、これこの露にさはるなら、たちまち零《お
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