は、泰西の機械用具の声にてありき、一般の驚異は自《おのづ》からに崇敬の念を起さしめたり、文武の官省は洋人を聘《へい》して改革の道を講じたり、留学生の多数は重く用ひられて一国の要路に登ることゝなれり、而して政府は積年閉鎖の夢を破りて、外交の事漸く緒《しよ》に就くに至れり、各国の商賈《しやうこ》は各開港塲に来りて珍奇実用の器物をひさげり、チヨンマゲは頑固といふ新熟語の愚弄《ぐろう》するところとなれり、洋服は名誉ある官人の着用するところとなれり。天下を挙《あげ》て物質的文明の輸入に狂奔せしめ、すべての主観的思想は、旧きは混沌の中に長夜の眠を貪《むさぼ》り、新らしきは春草未だ萌え出《いづ》るに及ばずして、モーゼなきイスラヱル人は荒原の中にさすらひて、静に運命の一転するを俟《ま》てり。
斯の如き、変遷《トランジシヨン》の時代にありては、国民の多数はすべての預言者に聴かざるなり、而して思想の世界に於ける大小の預言者も亦た、国民を動かすに足るべき主義の上に立つこと能はざるなり。之を以て思想界に、若し勢力の尤も大なるものあらば、其は国民に向つて極めて平易なる教理を説く預言者なるべし。再言すれば敢て国
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